ESSAY

 第1回 優秀賞

もし1時間半待っていなければ…

松岡 茂長 様 (京都府)


 30年前の初冬、大学4年生だった私は荻窪駅北口に立っていた。彼女が来ない――。
デートを約束した時間から1時間半が過ぎていた。あいにく指定した喫茶店が休みで、外で立って待つしかなかった。
 「もう帰ろう、もう5分だけ待って帰ろう」と、何度も時計を見ながら冷えた路上で寒さに耐えていた。
 背中を丸めながら彼女が現れる方向をじっと見つめていると、「来た、ついに来た!」
ビルの角からようやく姿を現した彼女は、何と衆目を一身に集める鮮やかな着物姿だった。
スラリとした長身を、白地に大柄の赤い花をあしらった付け下げで包んだ姿は、荻窪駅の北口周辺を行き交う人たちの目を引いた。誰もが振り返った。
息を呑むほど美しかった。今からこの人とデートできるのかと思うと、体中の血がたぎった。
1時間半待たされた腹立ちは完全に消えていた。理屈抜きに「結婚したい」と思った。
若者の単純な直感だった。
 しかし彼女には、大きな欠点があった。時間の観念に乏しいことだ。「何時に待ち合わせだから、何時から支度をしなければ――」と言う時間の逆算ができないのだ。
出身は東北。広大な平野で育ったせいか、時間には大らかだった。それを除けば欠点はない。
”逆算不能症“ に目をつぶって、結婚した。爾来27年が過ぎた。
 いまだに妻は時間の逆算ができない。夫としては日常生活に苦労が絶えない。
勤めから帰ってきても、何時に夕食にありつけるか、それすら分からない。手先は器用だし一生懸命料理を作るが、完成時間の見当がつかないのだ。
 世間からは「美しい奥さんをもって幸せね」などとお世辞を言われる。理想的な夫婦だと思われている。 ”逆算不能症“ だということは極秘にしてあるから。
 だが、いい。生涯妻には待たされっぱなしでも、私はご満悦だ。こせこせ生きるより、ゆったりと大らかに彼女のペースに合わせて暮らしてきた。それで出世が遅れようがチャンスを逃そうが、かまいやしない。そんなことは、ちっぽけなことだ。
人生は大車輪が回るごとく歩めばよい。
回る速度は遅くても、一回転で進む距離は大きい。
 30年前のあのとき、1時間半待たずに帰っていたら、友だちがうらやむ気長で「ゆとり屋」の今の私はなかった。妻に感謝だ。
それにしても、当時の1時間半は辛く長かった。大車輪の良さが分からない青年が、よくぞ辛抱して待ったものだ。
 待たされた辛さを彼女に分かってもらいたくて、婚約指輪に添えた贈り物は、大きな文字盤のペンダント時計だった。それを身につけてくれたのは、プレゼントしてせいぜい2、3ヶ月だけだった。
別にいまさら恨みごとを言うわけではないが、嗚呼……。

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