ESSAY

 第1回 優秀賞

「チクタク」が伝えること

大橋 友和 様 (千葉県)


僕の持っているいくつかの腕時計を見ていると数年前、実家を立て直した時に他の荷物に紛れて無くしてしまった手巻きの腕時計を思い出す。それは父の物で以前一度だけ探したのだが、結局見つけることは出来なかった。それ以来、心の中でいつでもその腕時計が「忘れないで」と チクタクと鳴っている様な気がしていた。 そして僕は結婚式を一ヶ月後に控えた頃、もう一度、父の腕時計を探そうと思い立った。 その週末、披露宴の打ち合わせは彼女にまかせて僕は実家に向かった。 「時計と披露宴どっちが大切なの!」と彼女の機嫌は悪くなったが結婚式までに父の腕時計を見つけて自分の物にしたくなったのだ。
久しぶりに帰った実家で、僕は朝から押入れや物置を探したけれどいくら探しても見つからない。 夕方になって諦めかけた時、「あった!」もう使わなくなったカラオケ用のテープが入っているケースの中にマイクなんかと一緒にしまわれていた。「どうしてこんな所に…」僕は首に下げていたタオルで汚れた手を拭いてからゆっくり、腕時計の竜頭を巻いてみた。 長い眠りから覚めたように針が動きだし、少し黄ばんだシルバーの文字盤と傷ついた風防が懐かしく、僕を喜ばせた。
父はいつでもこれだった。毎朝、会社に行く前は同じ時間にゼンマイを巻き上げ、 帰宅したらまず腕時計を外して、ポケットのハンカチで軽く拭くのが習慣だった。 それを見ていたその時の僕は、いつも同じ腕時計をするのはカッコ悪く思えたし、 第一手巻きの腕時計はえらく時代遅れのモノにしか見えなかった。 一ヶ月が過ぎ、僕はやっと見つけた父の腕時計を磨いて、ベルトを新しいモノに替えた。 段々と自分のモノになってきた気がする。「明日の結婚式にはこいつをしよう…」。
教会の控室でタキシードに着がえた僕がバッグから大切そうに腕時計を取り出したのを見て介添人さんは「腕時計はみなさんお付けになりませんが…」と言った。 僕は「腕時計ではなく、懐中時計が正しいんですかね」と聞き返しながら腕時計をはめた。
その時、毎日どんな服でも同じ腕時計をしていた父を思い出した。 確かに服装に合った腕時計選びは大切なことだ。しかし父は一本の腕時計を精一杯、 大切に使ったのではないだろうか。そのことを考えた時、時計を何本も買っておしゃれを気どっていた自分が急にカッコ悪く感じた。
今になって思えば父は「一つのモノを大切に思い、それが自分にとって価値のあるモノだったら一般的な考えや他人がそれをどう見ようと気にしなければいいんだ」とでも言いたかったのではないだろうか。
僕はこれから家庭を持つ、子供も産まれるだろう。その家族に言葉を使わず、 何か大切なことを伝えることが出来るだろうか。 父の腕時計を通じてそんな事を考えながら僕は結婚式に向けてゼンマイを巻き上げた。

ESSAY TOP

このページのトップへ