ESSAY

 第3回 大賞

お守りの中から

佐藤 節子 様 (徳島県)


 「お餞別はあげられんけど、これ貰うてくれるやろか。
ゆうべ徹夜して編んだお守りやき。そのかわり、あなたが夏休みで帰ってくる頃は、私も給料とりになっちょるき、なにかプレゼントしちゃるきね」
 大学生活をスタートさせるため大阪へ発つ朝、バス乗り場へ見送りに来てくれたN子が手作りのお守りを私に握らせながら、申しわけなさそうにつぶやいた。
 日本中が貧しかった半世紀ほど昔のことである。
加えてN子も私も母子家庭の子女で、高校で学べたこと自体夢に思えた時代である。
 高校卒業後、N子は迷うことなく地元での就職を決めた。だが、私の方は、担任教師のすすめもあって、進学する夢を捨てきれず悶々とする日を過ごしていたのだった。
最終的には、受験にパスした既成事実で母を説きふせ、私の大阪行きが実現した。
 だが、 出来高払い が約束の母からの仕送りは、二千円の時があるかと思うと、数日後の手紙の中には三千円が入っていたりで、覚悟していた事とはいえ、優雅で裕福な学生生活とは無縁の新生活ではあったのだ。
 幸か不幸か、それ故に、大都会で生活するストレスも、ホームシックに陥る暇さえ無かった
私である。
ま、裏を返せば、真面目を絵に描いた生活ではあっても実にネクラな学生生活であったことは間違いないと思う。
 そんなある日曜日、何処へ出かける当てもなく、ぼんやりと下宿屋の窓を打つ雨を眺めていた私は突然、N子からもらった例のお守りのことを思い出したのである。
 進学する私のために、母が買ってくれた一張羅のワンピースのベルトに通したきりのお守りを手にとるなり、私はまるで秘密の箱を開けるかのように、うやうやしくレース編みの袋の紐をほどいたのであった。
 お守りの中には、小さく折りたたんだブルーの色紙が。訝りながら色紙を開いてみると、乾いた四つ葉のクローバーと手紙が入っていた。
 「覚えていますか。あなたとU川の土手で見つけた幸福の四つ葉のクローバー。たった一本の四つ葉をあなたは私にくれましたよね。
 あの時のクローバーを、今あなたの旅立ちの幸せを祈って贈ります。心配しないで、私はあの川の土手で、もう一本の四つ葉のクローバーをきっと見つけるから。
 大阪での新生活が、夢と希望と幸せに満ちたものでありますように。
 そして残る一葉に、私たちの友情が色あせることのないようにとの願いを託して。
N子」と。
 その瞬間である。毎日が鈍色に思えた私の新生活空間にゆくりなくも一筋の輝きが出現し、やがてそれは逞しいほどに明るい友情という名の光となって、薄暗い下宿屋の四畳半を眩しく照らし始めたのである。
 気がつくと、夜来の雨があがり、私の中に大きく漲る何かが、確実に生まれはじめていた。

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