ESSAY

 第3回 優秀賞

ウックルで始まった新婚生活

岩谷 隆司 様 (三重県)


 一九八三年一月十五日、周囲の人の猛反対を押し切って再婚した。妻は、親に勘当され裸同然で実家を出て来た。僕は、先妻に家も土地も全て与え、無一文の再婚である。小さな安アパートで、二人の新婚生活が始まった。
 その三日後、ヨーロッパにおける車の錆問題解決のために、ベルギーへの出張命令が下った。
新婚生活を味わう間もない、宮仕えの辛さである。心を妻の元に置いたまま、四ヵ月間の出張に向かった。ベルギーを起点にしてヨーロッパ各国の錆問題に奔走した。
 五月中旬に帰国。ほっとした矢先の三日後。ベルギー・アーロストシティにあるヨーロッパヘッドオフィスに赴任命令が下った。錆問題だけでなく、ヨーロッパにおける品質問題の責任者としての赴任である。
 準備することが多く、妻に先行して、現地へ片道切符で旅立った。先ず、住む所が先決である。
現地人の力添えで、ブリュッセルの隣にある、静かな小さなウックルという町に決めた。アパルトの前には、大きな公園のある環境の良い場所である。
 電化製品、家財道具は、全てリース。それでも、全てを整えるのに二ヵ月間を要した。
妻が、やっと来れるようになった。その前日、家の中を観葉植物と花で飾った。食卓には花柄の刺繍のテーブル掛け、籠盛り一杯の果物。翌日の朝食のフランスパン。ワインにシャンペン。
リビングルームの壁には、ノートの頁をつないで「ようこそベルギーへ。仲よく楽しくヨーロッパの生活をエンジョイしましょう」と書いて貼った。
その夜は、気を静めようとしても、胸が高鳴り、眠ることが出来なかった。
 午前四時三十分、機は予定通りブリュッセル空港に到着した。ヨーロッパの夏の朝は四時に明ける。
四時三十分は、すっかり明るくなっている。大勢の人達が出迎えに来て、それぞれの工夫で迎えようとしている。
名前を大きく書いて、差し上げている人。花束を高く上げて回している人。
それぞれ、今か今かと待ち望んでいる。約三十分後、妻の姿が見えた。
飛び上がって、手を挙げた。
「みちよー、ここだよー」
 大きな声が出てしまった。足早に税関を通り抜けて来る妻。税関を通り抜け、出口の大きな扉が開いた。駆け寄って妻を抱きしめた。周りもみんな抱き合っている。
 いっぱい話したいことがあったのに、何一つ言葉が出て来ない。
「眠れた?疲れていない?」
「眠れなかったけど、大丈夫よ」
 二言、三言の言葉を交わし合っただけで、駐車場に向かい、一路アパルトへ。空港からウックルの町まで約四十分。アパルトに着いて部屋に入った途端、妻は、涙をこぼした。
「ありがとう、たかしさん」
 僕の胸に顔を埋めた妻。
その日から、嫌な噂が届かない、ウックルという小さな町で本当の二人の新婚生活が始まった。

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