ESSAY

 第3回 佳作

あの封筒は知っていた

ハモンド 純子 様 (カナダ)


 6年前に大きなバックパックとスキー板にサンダル姿でバンクーバーの空港に降り立った。一年間カナダのスキー場で働きながら、新しい自分を見つけたかったからだ。長距離バスを乗り継いで、目的の村にたどり着き、住むところから探さなければならなかった。しかも英語で。新聞で住まいを見つけ、10日後スキー場での仕事にも合格した。
 でも心底淋しかった。東京で仕事を辞めて、家族に会えない一年間。言いたいことの半分くらいしか伝わらないもどかしさ。「なんてことをしてしまったのだろう」それが海の向こうへ渡って落ち着いた頃に思った正直な感想だった。いい大人が洗濯機の動かし方さえ分からないのだ。
 「どのスイッチを動かせばいいのか、教えてください」10代のルームメイトに何度も聞いてやっとマスターした。銀行に行けばどのボタンを押せばお金が出て来るのかさっぱり見当がつかず、「あのう、一緒にボタン押してくださいませんか?」そんな風に見ず知らずの人に尋ねたりもした。日本で自然に毎日やっていたことが出来ない自分が情けなくなるばかりだった。
 家の窓から見上げる登山はうっすら雪化粧。そんな11月のある日、村のスーパーにある写真の現像コーナーでフィルムを出すことにした。無人のカウンターには大きな封筒と、その投函箱があるだけ。ご多分に漏れずどうやって記入したらいいのか分からないので、あたふたしていると、一枚書き損じた封筒があるのが目に付いた。「やったあ!これをお手本にして家で書いてから、また明日出直してこよう」
 そんな日があったのもすっかり忘れていた私は、忙しいスキーシーズンの真っ只中におり、一日に数千人もお客さんが入る山のてっぺんにある大きなレストランで早朝から日が沈むまで働いていた。
 実はその頃、キッチンで働いていたカナダ人の男の子と仕事の帰りにカフェでデートし始めた頃で、相変わらず毎日ドジを続けながらも、分からないことはとにかく回りの人に聞いて回った。そしていい年をして些細なことを質問するのに、はじめは抵抗があったが、次第に「分からないのだから仕方ない、聞かないで大きい失敗するよりよっぽどましじゃない」と開き直った。
 2月、やっともらえたお休みに、四畳半もない部屋でも整理しようかと、引き出しの中身を全部出してみた。思いがけずたくさんあった書類や、一応とっておこうとしまっておいたものたちがどっさり出てきてこれはまいったなと思った瞬間、目に留まったのはあの写真の封筒。なんだか見覚えのある字。よく見るとそれを書いた主の名前も住所も、その頃デートしていた彼に間違いなかった。ああなんていう偶然。
 翌日「これ見覚えある?」と彼に聞いて見ると「ど、どうして君が持ってるわけ?」テーブルの上の茶色い封筒を前に、二人はあまりの偶然にしばらく声が出なかったのを覚えている。
 何も言わない一枚の封筒は、この人と出会うずっと前にすでに私を助けてくれていたのだ。そして6年たった今、私の横にはあの封筒の彼がいて、これからもひとつ屋根の下で、お互い助け合っていくのだろう。

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