ESSAY

 第4回 優秀賞

宝石箱

村野 京子 様 (山口県)


 私の宝石箱の中には、たくさんの宝物が入っている。真珠やダイヤより、数段きらめく中古の腕時計たちだ。
 時計好きの父がくれたものだ。母が急に逝き、がっくり肩を落とした父。
 それから父は、連絡もなしに突然我が家にやってくるようになった。手ぶらで構わないのに、悪いと思うのだろうか、中古の時計を土産代わりに持参する。
 父は、定年退職した後、アルバイトを始め、ホテルの温泉風呂の番台に座っていた。一番多い忘れ物は腕時計だそうだ。ホテル側が、落とし物としてしばらく預かった後、持ち主が現れないと処分する。
 父には、時計が悲鳴をあげているように見えた。そしてそれを譲り受けた。機械いじりが好きで手先が器用な父は、磨き、修理できる物は自分で直した。
「これはガラスに少し傷があるが、メーカー品だぞ。こっちはベルトを替えさえすれば十分使えるから」
まるで我が子のように一つずつ取り上げ、いとおしげに説明する。
「質流れで中古だけど、お前にぴったりな時計を見つけた」
嬉しい悲鳴である。
 私は、大切な時計を二つ持っている。一つは中学入学の時、両親に買ってもらった初めての腕時計。そしてもう一つは、父が母のために選んだものだった。
 母の初盆の法要も無事終わり、先ほどまで騒がしかった仏間も、急にしんとした。ひぐらしの鳴き声が涼風を運んでくる。
「おい、京子、ちょっと付き合ってくれないか」突然言い出した父。
 そして知り合いの時計店に連れて行かれた。前々から選んでいたのだろう、ケースから二つの時計を店員さんから取り出してもらうと、 「お前はどっちがいい?」と私の顔をのぞき込んだ。
「退職したら母さんに贈るつもりだったんだ。苦労かけたし・・・これから二人の時間を作ろうって。間に合わなかったけどな、あはは」
父は少し照れながら笑っていたが、私は胸が詰まって返事が出来なかった。夏の日の、切ない思い出の時計なのだ。
 その時計は、しばらく仏壇に添えてあったが、
「お前にやる」
と、やはり我が家に持ってきた。
 あれから、二十年。恰幅(かっぷく)のよかった父も、小さくなった。それでも時折、古い時計を持ってくる。父の時計を見つめる輝くような瞳。子供のように無邪気に喜び、自慢する父を見たいがために、「もう、いらない」と言えずにいる。
 時の流れとともに、年老いた父。これから先、少しでも長く父と同じ時を過ごせたらと思っている。いまだに、宝石箱は、父から命を吹き込まれた腕時計たちで賑やかだ。
 静かに風鈴がちりんと揺れた。暑い夏の終わりを告げるように。

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