ESSAY

 第4回 優秀賞

想い出作りの夏休み

塩崎 蓉子 様 (北海道)


 待ちに待った夏休みになりました。二歳三ヵ月になった初孫を連れて娘夫婦が遊びにくることになり、危険はないか、と台所から洗面所まで夫は点検に余念がありません。
歩きだした孫にとっては見るもの、触れるもの全てがミラクルワールドなのでしょう。
 私は孫と芋掘りをしたいと、庭の隅にジャガ芋を植えました。
芋はグングンと育って花を咲かせました。
片言を話すようになった孫が何と言って驚くやら、考えただけでも微笑んでしまいます。
 私は平成九年四月、直腸癌のため手術を受け人工肛門になりました。
リンパ節に転移が認められ五年生存率50%といわれています。
まだ嫁がぬ娘を夫の手に委ねての死を覚悟したものでした。
娘に結婚の話があったとき特急で五時間の距離の地に夫は首を傾(かし)げたものですが、
私は天国への道程よりはずっと近い、と諸手を挙げて賛成しました。
 癌患者として生きていると全ての事が「私の人生に悔いの残らぬように」と確認しての事になりました。娘の出産は分娩室に入ってから三時間半と時間がかかりました。
一人の医師では足りず医師が一人、又一人と呼ばれます。
最後には小児科の医師も万一に備え駆け込んでの態勢でした。思わず
「命が御入り用ならこの私の命を。産まれようとしている命を、娘を御助けください。」
と祈りました。
 小さな命は限りない可能性に充たされてか、ハイハイを始め伝い歩きをし、真珠のような歯も生え揃いました。
幼子の育ち行く様は命の神秘を垣間見せてくれるようで感動の連続です。
 教師の若いパパは生徒に対しての姿勢も変わってきてね、とつぶやきました。
娘は母の顔になりました。私、「おばあちゃん」は五年たっても死にそうもありません。
現在のところ再発の兆しさえ見えないのです。
孫の成長の息吹に癌細胞も気圧されたのでしょうか。
 手術後の人生は付録だったはずが素晴らしい一ページが加わりました。
昨年の夏は話す言葉も二、三言でした。
このところ「ヤッター」と嬉しいときは言うようになりました。
土のなかから丸々としたジャガ芋が顔を出したならきっとそう言うでしょう。
 成長した孫が幼い日の楽しかった思い出の一つとして芋掘りを挙げてくれたとしたら、こんなに嬉しいことはありません。
その思い出のなかで私は「おばあちゃん」として生きることができるのですから。
孫と過ごす夏休みの計画は思い出作りの計画なのです。
 あっ、玄関のチャイムがなりました。
「おばあちゃん」孫の声が聞こえます。

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