ESSAY

 第4回 佳作

人間ってすばらしい

吉村 金一 様 (佐賀県)


 昭和五十三年のこと。大学三年生だった私は、二ヵ月間の夏休みをフル活用して、長野県川上村に住む知人のレタス農家でアルバイトをしていた。
私はその日、最後に収穫したレタスを大きさ別に箱詰めし、
トラックに積み込んで共同集荷場めざして走り出した。
 しばらくしてから、助手席の知人の娘さんである美香ちゃんが私に話しかけた。
「ねぇ、吉村のお兄ちゃん。美香達が収穫したレタスは、どんな人が食べるのかなぁ」
「消費者であることに間違いないけど、見当がつくのはそこまでで後はわからないなぁ」
私はさらに説明を続けた。
「共同集荷場に集められたレタスは青果物市場へ出荷される。
そこで競市にかけられて、はじめて行き先が決まる。それまでは誰にもわからないんだよ」
 美香ちゃんは納得したようなしないような、そんな顔をして黙ってしまった。
無理もない。美香ちゃんは小学三年生だ。複雑な流通業の世界を理解することは無理だ。
 その翌日のこと。小学校は全校登校日で、花のタネをつけた風船飛ばし大会があった。
花のタネが空高く舞い上がって風に揺られて、いつかは見知らぬ人の手に渡り、
そこで花を咲かせるのだから、それは子供達の夢だった。
 美香ちゃんはこのことをヒントに、次の新しい夢に胸を膨らませることになった。
出荷されるレタス箱に手紙を入れ、どんな人が買ってくれるのか、ぜひ知りたいと考えたのである。
 その夜、美香ちゃんは手紙を書いた。
“ このレタスは美香たちがいっしょうけんめいしゅうかくしたものです。
美香が「このレタスを、どこのどんな人が食べるのかなぁ」と言うと、
「市場へもってゆくだけでそれから先はわからない」と吉村のお兄ちゃんが言いました。
美香は知りたいと思いました。
箱をあけてこのレタスを買って食べる人は、お手紙ください ”
 次の日。朝一番に収穫したレタス箱の中に手紙を入れた。
美香ちゃんに手紙が届いたのは三日ほど経ってからだった。
“ 美香ちゃん、はじめまして。お手紙は私が受け取りました。
私は板橋区の小さな八百屋のおばさんです。
けさ、レタス箱をあけると、美香ちゃんの手紙を見つけました。
そしてこのレタスがはるばると東京までやってきたんだなあと思うと
「ごくろうさま」とレタスにむかってつぶやいてしまいました。
このレタスを買ってくださるお客様にも、美香ちゃんの気持ちがわかってもらえるように、
手紙といっしょに並べておきます。勉強がんばって下さいね ”
 美香ちゃんは社会科の地図を広げて東京都を眺めながら、
レタスを収穫した時のように瞳を輝かせていた。
 あれから二十五年経った今でも、色あせることのない夏休みの素敵な思い出です。

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