ESSAY

 第5回 優秀賞

ジィス イズ ア ペン

岩尾 邦彦 様 (東京都)


 娘が高校生になる孫娘を連れて、この夏アメリカから早々にやってきた。
普段、私達夫婦の比較的静かな生活に中に、騒々しい程の二人が無遠慮に侵入してきた。
そして「食べる」「出かける」「寝る」といった下宿人のような生活を繰り返していた。
孫娘のイントネーションおかしな日本語、娘の日本語も怪しくなった。
 孫娘は州の陸上競技会の一五〇〇米に出場し、好成績を収めたとか、
十日後にテニスの合宿があるとかで、全く落ち着かない。
そのたくましい四肢。その目は娘そっくり、その両足は、私の昔の太さであり、
愛嬌あるしぐさは妻のものである。頭の中身は娘の主人のものか。
孫娘は日々新たに成長している。
 昨日は世田谷の主人の実家に、挨拶にでかけた。
「あれはあれでいいのかなあ」
「いいんでしょ。向こうは向こうの考えが、あるんでしょうから」
私達夫婦は、主語のない会話ですべて通じているのだ。
時々、「あれって何さ」とわざと意地悪く聞くことがある。
妻の方も急に機嫌を悪くし、口げんかになり、黙りこんでしまう。
それは日常的なことであり、その度に私は心の奥で詫びている。
 家族としての最小単位としての夫婦。平均寿命も急接近。
互いに思いやりの心を意識し、実践しながら生きていかなくてはと、
自分に言い聞かせているのだが。
 ある新聞の「死を迎える人生の整理学」を読めば、モノを捨て身軽になること。
使われないモノは捨て整理することが、何れは子供達のためになるとか。
妻は鼻先で笑う。そして、
「リンゴが体にいいんですって」
と、突拍子もない声を出す。妻のいつもの作為が感じられる。
テレビのモンタが言っていたとか。
確かこの前はバナナ。その前はミカン。
結局、何食ってもいいわけだ。
二人はモノを捨てることなど忘れて、笑う。
 
 「オジイチャン。コンド、アメリカニキテクダサイ…」
 孫娘は帰国前夜、私と妻に握手を求めにくる。
老いた私の血液が、瞬間に逆流する。
「そうだなあ。ハリウッドにも行きたいし、大統領にも会いたいなあ」家族は大笑いになる。
私はこれからもぼんやりとするわけには、いかなくなった。
直ぐ、英会話のレッスンだ。
「ジィス イズ ア ペン」から上達しなければならない。
 成田は、快晴であった。

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