ESSAY

第5回 佳作

チューペット

大野 桂子 様 (東京都)


 チューペットは氷菓子である。
棒状の透明な容器の中に入ったジュースを、凍らせたあと先端をチョンと切り、
シャーベット上になったそれを吸いながら味わう。
 初めは凍っていて硬いから、なかなか口の中に入ってくれない。だから一生懸命吸う。
首に血管が浮き出るぐらいの勢いで吸う。
チューペットという名前の由来は、ひたすらチューチューやらなければならない、
そんなところから来ているのかもしれない。
 私も妹もこのチューペットが大好きだった。いや、正しくはこのコマーシャルがお気に入りだったのだ。
 妹の旦那もうちのも、そんなコマーシャル知らない、夢見たんでしょ?と首を傾げるが、
十五、六年前、私が大学生で妹が予備校生だった頃、確かにそれは存在した。
「チュチュッチュチュッチュッチューペットー、チュチュッチュチュッチュッチュー!」
という歌をバックに、小さな女の子と着ぐるみの大きなペンギンが、口にチューペットを笛のようにくわえながら、浜辺の波打ち際を、一列になって行進するのだ。
 私達はこの歌をパート分けまでして歌っていた。出だしの「チュチュッチュチュッチュッ」が私で、次の「チューペット」が妹。そして私が、「チュチュッチュチュッチュッ」と続け、妹が「チュー!」と〆る。
それを延々と飽きるまで繰り返した。私は最後の「チュー!」のところがお気に入りだった。
首を伸ばし、唇を梅干みたいな皺をいっぱいよせながら、「チュー!」と力む妹の歌いっぷりは本当に見事だった。
 この夏、私は久しぶりに彼女とチューペットの歌を歌ってみようと思い立った。
スーパーで、男の子二人がチューペットを買っているのを見て、あの頃の私達を思い出したのだ。
お盆にはわずかだが、実家で一緒になると分かっていた。
 八月の中旬、私は先に帰省をし、実家に遅れてくる妹を待った。
そして一週間後、彼女はやって来た。
その夜、私は彼女に小声でそっと「チュチュッチュチュッチュッ」と言ってみた。すると予想通り「チューペット」という応えが返って来た。声は私にあわせてわざと小さい。
 二人ともニヤニヤしていた。その顔は「妹よ、なかなかやるな。」
「お姉ちゃん、いつでも受けて立つわよ」という感じだった。
それから私は東京に戻るまでの二日間、私達はチューペットを何度かやった。
昔みたいに「飽きるまで」ではなく、一回やると次までは随分時間が空いた。
声もコソコソしていたのは、私達が年をとった証拠だ。
だが、息のあったところは変わらない。
私が「チュ」の音を出しただけでも、妹は「おっ!」と表情を変えた。
 お互いはそれぞれ結婚し、一緒にいる時間は減った。
でも私達はずっと姉妹なのである。

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