ESSAY

第5回 佳作

あの日は遠くなったか

郡 清治 様 (兵庫県)


 もう遠い日のことになってしまった。
 二人の息子が幼稚園にも行っていない幼い頃の思い出がある。
 社会人となり結婚しても可笑しくない年齢にいる二人は、まだ妻(母親)に
身の世話をやらせている。その方が気楽だと当分の間は独身でいるという。
 そうして笑う顔には、幼い日のあどけなさを映す表情がある。
 阪神間に住む私たちは雪らしい雪を見ることは少ない。
ある年の二月のこと、目覚めると薄っすらと雪が積もっていた。それを見た子どもたちは
「もっともっと大きな雪が見たいな」
と、言ったので妻と話して北陸にある山中温泉・永平寺に行くことにした。
 このコースならば汽車に乗る時間、腹が退屈しない間に着くことができる。
先に永平寺に行くことにした。 
 永平寺は全てが雪に覆われ真っ白だ。
「わぁ、雪がいっぱいだ」
と、はしゃぐ二人がいる。永平寺は禅宗の寺として修行の厳しさでも知られている名刹だ
が、子どもたちはそんなことはお構いなしに境内で雪と遊んでいる。
 雪と遊んでいるというより雪に遊ばれているような雰囲気である。
つけていた手袋を取り素手で雪を握り、頬っぺたを雪国の子どものように紅く染めている。
「ちゅめたい、ちゅめたい」
と、言いながら雪からはなれようとしない二人は何処まで戯れているのか、
「もう時間が来たわよ」
と妻が声をかけるが、
「もうちょっとだけ」
と言いながらまだまだ夢中になっている。
 永平寺から山中温泉に行くバスは暖房が効いていることもあり、
子どもたちはすやすやと寝息を立てている。時々手を触るとだんだんと温かくなっていく。
 旅館に着いた時には、二人は熟睡状態、寝入った子どもは意外と重い、
部屋へ案内されやっと一息着いた私と妻である。
 ようやく目を覚ましたので私は二人を連れて風呂に行った。
家の風呂とは違い大きな浴室に他人がいるのが不思議であったらしいが、
子どもたちはすぐに慣れた。
 「お父ちゃん、雪は冷たいね。手で持つと直ぐになくなる」と言う。
 今度は湯に浸かり身体を染めていく子どもたちが、
雪と遊んだことを交互に話し掛けてくる瞳の輝きは、
その後も何度か出かけているが初めての家族で行った時の感激はない。
 時間的にはかなり遠い日のことであるが、私にはついこの前のことのように思い出される。

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