ESSAY

第5回 佳作

北国の桜

佐藤 千秋 様 (東京都)


 札幌の桜を見るのは何年ぶりだろう。
 東京で暮らす私は、母の介護のたに仕事を離れて札幌に戻っていた。
正確には「介護のため」ではなく「最期をいっしょに過ごすため」だった。
母は全身に癌が転移し治る見込みはなく、
残された時間を家族と過ごすため自宅で療養していた。
倦怠期が日増しに強くなりベッドで横になる時間が増えていったが、
見守る家族には小さな目標があった。
それは、花が大好きな母に桜を見せること。
 主治医は三月の終わりに「あと一ヶ月ですかね」と、余命を宣告していた。
東京では、とっくに桜は散っているというのに、
四月が終わりに近づいても北国の桜はなかなか咲いてはくれない。
今か今かと開花が待ち遠しい毎日だった。
 五月の連休が明けようやく桜の花が咲き始めると、
父は早速あちこちに下見に出向いてベストスポットを探した。
北海道神宮や道庁など桜の名所はいくつもあるが、
今の母の体力では車を停めて近くまで歩くことができない。
家から近くて、車の外に出たら桜が見えるところ、それが私達のベストスポットだった。
 母の体調と転校の双方が良好な日を選んで自宅から十五分程の桜並木で
念願の「お花見」が決行された。
満開と呼ぶにはまだ早い七分咲きの桜。
濃いピンク色の八重桜だ。
少し風があるので外には出ず、車越しに眺めて母は、
「少し早いけど、きれいね」とうれしそうだった。
小花柄のプリーツスカートに白いニットを着た母はいつもより少し顔色がよく、
いつの間に用意したのかカメラを持参していて、父の写真を撮ろうとする姿に皆を驚かせた。
「来週はきっと満開だから、また来ようね」
自分に言い聞かせるような私の一言で、ほんの数分の我が家のお花見は幕を閉じた。
 満開の桜を見ることなく母はまもなく入院したが、
退院の日が来ないことを家族はもう知っていた。
少しでも長く家にいられるようにと、母は精一杯頑張っていたのかもしれない。
入院を機に張り詰めていた緊張の糸が切れたかのように、
食事も口にしなくなり、急に弱っていった。
 二週間後、母の傍に立った主治医が最期の時を告げた。
「想い出がたくさんできたわ。まさか桜が見られるとは思わなかった…」
数日前、そう話していた時の母の笑顔を想って、私も時計を確認した。
針はもう午後九時四十五分を指していた。
 桜はもう散っていた。

ESSAY TOP

このページのトップへ