ESSAY

第5回 佳作

父母がくれた特別なひととき

関和 マリエ 様 (東京都)


 実家の食卓の上の壁には、鳩時計がある。
十数年前、父に転職に伴う田舎への引越しの際に父方の祖父母からプレゼントされた物で、赤い屋根のついたチョコレート色の小屋から青い翼の白い鳩が時間ごとに飛び出す、
とても愛らしい時計だ。決して豪著ではないが、小さな我が家にはぴったりのその時計の下で、当時幼かった私と弟は、鳩が現れるのを今か今かと楽しみに見守っていたものだ。
 それまで会社勤めで家具の製作の仕事をしていた父が、いよいよ念願の自主開業。
所詮、脱サラだ。初めての自営業、初めての田舎暮らし、
子ども二人を抱えた若い夫婦は不安でいっぱいだったに違いない。
実際、最初の数年は思うように仕事は入らず、当然家計を逼迫していた。
今日の暮らしはなんとかなっても、明日の保証までは得られぬ日々。
 しかし私達姉弟がそれを深刻に感じずにいられたのは、
両親の明るさと大らかさの為だろうと思う。
近所の人達も、新参者の私達を快く受け入れ親切にしてくれた。
不慣れな土地で私が少しも寂しい思いせずに済んだのは彼らのお陰であり、両親のお陰だ。
仕事が忙しくなり始めても、父母はいつも一緒にいる時間を大切にしてくれた。
父と犬の散歩に出ては川遊びをし、母とクッキーを焼き、歌を習い、一緒に本を読む。
 何より大好きだったのは、夕食後、眠るまでの数時間。
用事が済むと家族は再び自然と食卓に集まり、お茶をいれて談笑が始まる。
今日の出来事、TVのニュースや両親の思い出話、時に真面目に時にお腹がよじれるほど 大笑いしながら、あっという間に寝る時間になり、鳩時計の鳩が鳴く。
もう少し、と思いながらしぶしぶベッドに向かうと、眠る前には父か母が必ず本を読んでくれた。
 お気に入りは『大草原の小さな家』という、アメリカ開拓時代の一家の物語。
貧しくとも愛に満ちた暮らしを、どこか私達のようだと感じていた。
 そんな当たり前のような事が、もしかしたら現代に足りないんのかもしれないと、
不穏なニュースを見聞きする度にふと、思う。
 実家を離れた今も帰郷する度にその習慣は復活する。
昔と違うのは、時間を気にしなくなった事ぐらいだ。
特に冬がいい。薪ストーブの柔らかな暖かさに包まれ、自分の近況は勿論、
本を読んだり人に会って感じた事など、観念的な話にもなる。
離れている時間が長くてもすぐに理解し合えるのは、
子どもの頃、つまり家族の始まりの時期に共有した時間が多かったからではないだろうか。
 気付けば夜中の二時、まだ話したいことが沢山ある。
互いに「寝なくちゃね」と促しつつも、ストーブに薪を足す。
レジャーに行くのでも、ゲームをするのでもTVを観るのでもない、
何とも名付け難いこの特別な時が愛しい。出来るだけゆっくり流れてくれるといい。
 私達家族の成長を見守ってきたこの鳩時計は、少し古びた今も食卓の上で私達の時を刻んでいる。
きっと、これからもずっと。

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