ESSAY

第5回 佳作

苦あれば喜びあり

中山 有子 様 (三重県)


 7年位前の12月26日、主人が入院した、
かぜがこじれた為か肺にかげが出たのだ。
市内では胸専門の入院施設が無く、車で一時間程走った辺ぴな所への入院であった。
年末の入院であったため、何種類かの検査の結果が出ず、
年始も、六人部屋で、他の人は仮退院が許され、主人一人きりの入院となった。
一緒に泊まり、不安な寂しいお正月を過した。
年があけ、しばらくした頃、胸水症ということだけだと解かり、少し安心した。
 しかし、年が空けると、四人兄弟の末っ子の入試が始まるので、
私は家と病院とどちらにいても、気の休まる時がなかった。
センター試験、私立の入試と、末っ子が充分力を出せる様、
集中してやりたかったが、主人の方も気になり、どれだけしてやれたかは疑問である。
前期の志望校は落ち、私立が受かったが、同じ大学の後期も受けたいと言い、気が抜けなかった。
 そんな中、長女は三月の出産を終え、不安であったに違いない。
一ヶ月位前から産休に入り、一緒に主人を見舞うと、
「早くよくなってや、この子の為にも」とお腹をおさえてよく言っていた。
 当然、その年の大学卒業の長男の晴れの卒業式は「がんばったね」の一言のお祝いだけだった。
 今日、自分は何に集中すればいいのか迷った日が、何日もあった。
 皆、放っておいてもなる様になると開き直りかけた頃、
主人の退院が三月位までには出来ると言われ、一つホッとした。
 又、末っ子は、後期のテストの合格通知を手にした。
しかし、家族全員揃わない喜びは物足りなかった。
入学手続きや下宿探しも今まで主人に頼りきっていたので途方に暮れた。
が、長男の就職が四月一日からだったので、少し不安が残るが、二人で行ってもらった。
二人は無事大役をなしとげてきた。
 その頃、主人が退院して来てくれ、少しずつ自分の心の暗い部分が、消えていくのが、
手に取る様にわかった。
 そんなある朝、「陣痛みたい」と出産が遅れていた長女から電話がかかってきた。
 もう他にのしかかるものが無い中、一目散で病院に心おきなく付き添っていた。
その日の夕方、男の子を無事出産した。
家に連絡し、程なくすると、主人を筆頭に、兄弟全員家族が集結した。
他の病室の人に迷惑ではという程、待ち合い室はにぎやかだった。
分娩室から、嬉しそうな長女が出て来た時、
多くの不安を乗り越えたという自信に満ちた全員の顔が笑顔でいっぱいだった。
孫を見た瞬間、私も、久しぶりの嬉し涙で、顔がくしゃくしゃになった。
この一瞬、今まで一番素敵な時であった。

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