ESSAY

 優秀賞

逆孝行(ぎゃくこうこう)

長谷川 みゆき 様


 実家の両親が、親子水入らずで温泉に行こうと言った。メンバーは、父と母と姉と私の4人のみ。費用は全て親持ち、しかもエステ付きと聞き、大喜びで参加した。父が運転する車で走ること2時間半。臨海の広く清潔な部屋に到着。
「わぁ〜、綺麗」
 部屋一面から張り出す大きな窓越しの景観はこの上なく、日頃の疲れも吹っ飛び、他愛のない話が弾む。温泉に浸かり、体の芯までほぐした後、姉と二人でエステを堪能。母も一緒に行こうよと何度も誘ってみたのだが、「いいから二人で行きなさい」と娘二人を送り出した。部屋に戻ると美しく整えられた食事が待っていた。ぱくつく娘たちを前に、父が言った。
「好きなもの、もっと頼んでいいぞ」
 その瞬間、あっ、と思った。夫や子供との旅行では、旅先であっても諸々の気配り・気遣いは当然のごとく主婦である私の担当だった。それを不満に感じたことはなかったけれど、一家の主婦でなく、妻でもなく母親でもない。その家の「子供」としていられることの気楽さと解放感。とっくの昔に忘れていたこの感覚こそが、高齢の両親からの贈り物だったことに気付いた。
 帰りの車中、子供時代に戻してもらった時間がそろそろ終わりを告げる頃、つと、腕にはめた光る時計に目がいった。裏側には25周年アニバーサリーの刻印が施してある。銀婚式の記念にと、夫と購入した時計だ。よくぞまあ四半世紀もの間、こんな私と共に歩んでくれたものだと思いつつ、嫁いだ後もずっと娘を見守り続けていた両親の長い時間を想った。
 さて、家に帰れば主婦としての日常が待っている。もうひと頑張りしなくちゃ!と気合を入れ直すも、これが79歳の父の運転での最後の遠出ドライブになるのだろうと思うと、今はもうしばらくこの車の中、姉と二人でお父さんとお母さんの子供になっていたいと願った。願いながら、流れるように動く秒針をじっと見つめていた。

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